激闘!仕事編 其之壱

12月中旬某日。

年末の忙しい時期だというのに風邪を引いてしまった。

「たかが風邪ごときで会社を休むのも何だから」と思って

出勤したのだが…甘かった。

咳は止まらないわ、熱で頭は朦朧とするわで、会社に着いた

頃にはもう大変な事態に陥っていた。

課長や同僚は「休んだ方がいい」と言ってくれるのだが、

いかんせん私には、明後日までに仕上げなければならない

仕事があった。

自宅で静養しつつ、プレゼンテーションに必要な各種文書を

作成して提出するという事で休みをもらい、早退する。
 

帰りがけに、自宅で文書を作成する為、DMこと久樹氏に

ワープロを借りる為電話をしたが、案の定誰も出ない。

久樹氏の家の電話には留守電機能はなかった。

また、久樹氏は携帯やPHSなどの類は持っていない。

当時久樹氏はゲームのテストプレイヤーのバイトをしており

帰って来るのは早くとも9時過ぎ以降のはずだ。

何故なら久樹氏は仕事の帰りには必ず公民館のパソコンから

インターネットをするという習慣があるからだ。

つまり電話をかけて承諾を得たとしても、ワープロを借りる

ことが出来るのは明日以降という事になる…。

しかし、私の知人の中でそういう類の機器を持っているのは

久樹氏だけなので仕方が無い。
 

自宅に戻って寝ていると、3時過ぎに弟が帰って来る。

「だから無理するなと言ったのに…」と呆れられた。

反論の余地なし。ついでに言えば反論する体力もなかった。

夕方7時頃、せめて親御さんに伝言を頼むべく再び久樹氏の

自宅に電話を入れる。

奇跡的な事に、久樹氏は既に帰宅していた。

公民館が休みだったと言う。

「どしたん?声変やけど」

「・・・風邪を引いた」

「あ〜、俺も何か最近ごっつぅ調子悪いんよ。で?」

「明後日までに仕上げないといけない文書があるんだが…

ワープロを貸してもらえないか?」

「うぃ(←何故仏語?)、分かった。今から持ってく」

電話が切れた。
 

30分後、久樹氏がワープロと感熱紙を持って来てくれた。

「わざわざ済まんな…」

「しっかし難儀やね…その仕事、他の人に頼めなかったん?」

「いればとっくの昔に頼んでいる」

「ふーん…そんじゃ、まあゆっくり往生…もとい養生しいや」

…と、縁起でもない事を言って久樹氏は帰っていった。

とりあえず夕食後、文書の作成に入る。
 

私は幼少時から薬を飲むと逆に悪化する因果な体質であるが故、

薬で症状を押さえるという手段が一切使えない。

…確かに最初はある程度楽になるのだが、後になってまとめて

やって来てしまう…つまり飲まない方がまだマシなのだ。

幼少時、インフルエンザの予防接種を受けた日から3日もの間

頭痛と高熱に悩まされてから、予防接種=最低3日は寝込むと

いう図式が出来上がってしまっている。

一種の病気なのかも知れない(何故か弟もこういう体質)。

…話が逸れてしまった。
 

とりあえず、10時位まで作業をして寝る。


翌日。

普段と同じく、午前5時半に目が覚める。

…が、起き上がれない。

起きているだけでも辛いので、とにかく寝る事に勤める。

しかし、たかが「寝る」という行為にこれだけ苦労するとは

思ってもみなかった。
 

結局、弟が学校に行くまで全く眠れなかった。

とりあえず、9時頃会社に電話すると課長が出た。

「おはようございます…塞神(無論、仮名である)です」

「ああ、塞神君か。調子は…聞くまでもないか」

「…声だけで分かるんですか?」

「仮病の声と本当に調子悪い声は大体聞き分けられる」

「…なら、何で仮病と分かってる子を休ませるんですか?」

「仕事する気の無い子に来られても迷惑だからな」

…正論だ。だが、忙しくなる事に代わりは無いのだが。

文書が半分くらい出来上がった事を報告して、切る。
 

朝食を摂った後、残りの文書を仕上げるべく作業を再開。

思ったより手間取ったが、午後2時過ぎには全て完成する。

後はプリントアウトするだけだ。
 

…しかし、ここで更に追い討ちを食らう事になるとは全く

予想だにしていなかった。
 

久樹氏の予言通り、本当に往生する事になろうとは…。
 

久樹氏から借りたワープロはかなり前の機種(久樹氏曰く、

もう5年以上も前の型でインクリボンに至っては何処にも

売られてないらしい)ゆえ、プリントする時の音が凶悪な

くらいに大きく、頭にガンガン響く。

普段ならば耐えられるだろうが、頭痛に苛まれ続ける今の

私には、これはかなりキツい。

耳を押さえても容赦なく頭に響いて来る。

しかも、家には私以外誰もいない。よってやたら静かだ。

家の中の何処へ避難してもあの音が聞こえて来る。

その時の私は、まさに追い詰められたB級ホラー映画の

登場人物のようであった…。
 

しかも、文書はB5版用紙にして60枚分(会社で両面

コピーする為)もある。

つまり、これ全てをプリントアウトするまでこの苛烈な

拷問に耐えなければならない、という事だ。

しかし、この文書は明日のプレゼンテーションには必要

不可欠なものなのである。
 

…逃げる事は許されない。

私は意を決して(たかが文書印刷にこんな表現を用いる

のも変な話だが)、用紙をワープロにセットして印刷の

設定をした後…実行キーを押した。
 

その後、速攻で自室に入って頭から布団を被り、印刷が

終わるのを待つうちに寝込んでしまった。
 

この時、私が悪夢にうなされたのは言うまでもない…。
 

3時頃、弟が帰って来る。

そして私の部屋に来るなり、

「耶雲…何で俺の部屋にワープロが置いてあるんだ?!」

と詰問された。
 

考えてみれば当たり前である。

家に帰って来て、自分の部屋でワープロがあの凶悪な音を

立てながら動作しているのは、決していい気分ではない。

しかし、弟の部屋は、私の部屋からは最も遠い場所に位置

している。あの音を最小限に押さえる為に最も適切な所は

そこしかなかった。

とりあえず事情を説明し、了解を得る。
 

4時頃、音がしなくなったのを確認して行って見ると、

文書は紙つまりを起こす事なく、完全にプリントアウト

されていた。

どうやら、久樹氏のワープロは音こそ凶悪だが、自分の

職務には極めて忠実らしい。有難い事だ。

一通り確認して脱落が無い事を確認し、会社に電話する。

出たのは後輩(23歳、男)だった。

「どうも…塞神です」

「あ、塞神先輩!大丈夫ですか?」

「…大丈夫ならとっくの昔に出社している」

「そうですよね…あ、課長は今出てますけど」

「戻って来たら、例の文書が出来上がったので明日の朝

届けるから、と伝言してくれないかな」

「分かりました。それじゃ、お大事に」

…とりあえず、彼なら安心だ。

以前、出張先から後輩の女の子に会議で席を外していた

課長への伝言を頼んだ時の事だ。

別の用件でもう一度課長に電話した時、伝言の件を確認

すると、課長曰く「聞いていない」と言う。

「あの…机の上にメモとか付箋とかありません?」

「いや…ないみたいだ」

「…課長、そこに○○さんいます?」

「いや、もう帰ったようだが…どうした?」

「…………(-_-#)」

どうやら、定時でさっさと帰ってしまったらしい…。

私がいる会社は、女子はあまり残業させない方針を取って

いる為、仕方ないといえば仕方ないのだが…。

それ以来私は、重要な伝言は必ず男子の社員に頼むように

せざるを得なかった。
 

また話が逸れた(会社の愚痴だし…)。

とにかく、久樹氏に礼を言う為に電話をかける。

「あ、耶雲か。昨日あれ貸してから後悔してたんだぜ」

「…使う予定があったとか?」

「いや〜あれ古いからさ、印刷ん時にごっつぅ凶悪な音が

出るって言うの忘れとったわ。いや〜悪い悪い(^_^;)ゞ」

「いや、音はこの際どうでもいい。まともに動作したし」

「まあ、あれは真面目な奴やからな。明日取りに行くから

…そういえば、感熱紙足りた?」

「60枚程用紙を使ったが…用紙代はどうすればいい?」

「100枚で350円だし…めんどいから別にいいや。

その代わり、今度何かプレステのソフト貸してな」

…こういう奴なのである。

他人に誉められたり礼を言われたりするのが苦手なようだ。

後は、明日の午前中までに文書を会社に届けるだけだ。

それまでひたすら安静にする事にした。

お陰で大分楽にはなってきたので、9時には寝た。


翌日。
 

やはり朝5時半に目が覚める。

咳と頭痛はとりあえず治まったようだが、どうも熱っぽい。

体温計の結果は37度5分(私の平熱は35度5分程度)。

文書を持って会社に向かう。
 

出来上がった文書をコピーして課長に提出した。

「風邪の方はもういいのか?」

「まあ、何とか…熱が下がらなくて」

「今年の風邪はタチが悪いからな、気をつけた方がいいぞ」

「そうします」

また頭痛がひどくなって来た事もあって、帰る。
 

夕方まで横になっていたが、一向に熱が下がらない。
 

7時過ぎ頃、久樹氏がワープロを取りに来た。

…何故か月海と紅龍が一緒だったが。

「おい、生きてやがるか?」

「お前、こいつがそう簡単にくたばる奴に見えるか?」

「見えない。だって改造されてるんでしょ?」

「…言うな!!(^_^#)」

移すといけないので早めに話を切り上げる。
 

3人が帰るのと入れ違いに、弟が帰って来た。

とにかく、やるべき事はすべて終わった。

あとは全力で風邪を治すだけだ。

などと思いつつ、10時に寝る。
 

…が、甘かった。


翌日。
 

会社を休み、医者に行く。

結果、ただの風邪及び過労と診断された。

確かに、ここ数ヶ月休みは殆ど無しという状態では

あったのだが…。

例によって風邪薬を受け取るが飲まない(というか

飲むとさらに悪化するので飲めない)。

しかも、家に帰ると弟が熱を出して早退していた。

どうやら移してしまったらしい。

兄弟2人して風邪で寝込む事になろうとは…。

とにかく疲れた。
 

夕食後、寝ようと思った矢先に電話がかかって来る。

こういう時の電話は暴力以外の何者でもない…。

それでも出てみると、英会話教室の勧誘だった。

しかも相手はやたら声が高く、脳髄に響きまくる。

この時、私が電話の向こうの人物に見当違いな殺意を

抱いたのは言うまでもない。
 

頼むから、眠らせてくれ…。
 

結局、この後も風邪は隙を見つけては再発し、完全に

治ったのは翌年の2月下旬になってからだった…。


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